「最初に、断っておかなければならないことがあります。今回は語りのなかにセクシーな部分がさほどないため、手淫を楽しむことはできないと思います。私と馴染みのお客さまと、彼女と遊戯をしたことがあるお客さまなら覚えているはずの、外界の清純なあの娘と、私とその娘との馴れ初めに興味のある方へ向けて語ります。

 ……毎年、私の誕生月には旦那さまがお互いのスケジュールの合う日にデートへ誘って、祝ってくださいました。私が十八になる月のデートの日、出かけるときは女装することが多かったのですが、この日は旦那さまに普通の男の子らしい格好でと言われました。

 めずらしいな、と思いつつ素直に従います。しかし、普通の、という命令に悩んでしまって、服を選ぶのを使用人に手伝ってもらいました。久々にコルセットを外し、ショーツは装飾のないいちばんシンプルなものを選び、長袖のシャツの上に薄手のジャケットを着て、細身のズボンを穿きました。

 化粧はもちろんしませんが、私の誕生月は七月でなおかつ日差しの強い日だったので、日焼けどめクリームだけ塗ります。仕上げにユニセックスなデザインのシルバーアクセサリーを控え目につけて、旦那さまにお待たせしてしまったことを詫びてから、革靴を履いて出かけました。

 車に乗り込み、ついたのはよく行く料亭です。出迎えてくれた美貌の女将は私を見て、あら今日はカッコイイのねと笑いました。私は女将に軽いキスで冗談の範囲を超えない程度にスキンシップをして、旦那さまはかぶっていた帽子をまためずらしく脱いで預けてから、座敷へ案内してもらいました。

 女将の手で襖が開けられると、私はひどく懐かしいような、不思議な感覚に一瞬だけ襲われました。座布団に正座して、開け放した障子から見える日本庭園を眺めていた少女は、背中の中程まで届くつやつやの黒髪を有していました。……そのときは気づきませんでしたが、もう無意識の下にいる小夜子をふっと連想するような情景だったのでしょう。振り向いた顔は別に、似ていませんでしたが。

 私と少女はお互い、不可解そうな表情を浮かべて見つめあっていたと思います。お待たせ、と旦那さまが少女に一言謝ってから、私を手で示し――伊織ちゃん、こちらは私の息子の影次。と言っても義理でね、君と同じく天使の家の児童だったんだよ。と、上品な笑みを少女へ向けました。

 伊織と呼ばれた少女は――そ、うなんですか。初めまして。と、緊張したのかどもってしまいました。私は笑顔で挨拶に応じつつ、このときは伊織をリンボに仕入れる用だと思い、なぜにわざわざ自分に会わせるのだろうと内心旦那さまを訝りました。

 これが、最近までいた妹との初対面です。座するとき、伊織の向かいに座るよう、旦那さまが私をさりげなく追い込みました。彼女とぽつぽつ会話をはじめます。……伊織は伏し目がちで、しかし度々明らかに私の顔に視線を移し、話しかけるとやや間を置いてから短い返事をするのがやっと、という有様でした。

 いかにも生娘らしい反応は、とても新鮮に感じました。話をしつつ、変に思われないよう気をつけながら彼女を観察します。美貌は奴隷の女の子たちの綺麗どころと比べたら少し劣りますが、十分かわいい娘です。左側に泣きぼくろのある、目尻のさがった大きめの目は優しげな印象がありました。それと、小さな鼻、薄い唇が申し訳程度の化粧をした顔にバランスよく配置されています。

 そして、なによりも惹かれたのは長い黒髪を映えさせる、雪白(せっぱく)の肌! 撫でてみたくなりました。服は装飾のない簡素な黒のロングワンピースに、フリルが控え目についた白い長袖のボレロを着ています。……女将が懐石料理を運んでくるとき、私にさりげなく秋波を送るので、伊織に訝れない程度に目で応じましたが、内心女将がわずらわしく感じました。

 彼女は私の一つ下で、前月十七になったばかりだという情報をなんとか会話で得ました。旦那さまが時折助け船を出してくださいましたが、彼女は終始前述した調子で、なかなか話を弾ませることができません。奴隷という名の男娼として、まだまだ未熟だなと反省しました。そのまま食事をおえてしまいます。

 料亭を出て、帰りの車の中私はシートの真ん中に座り、隣で黙ってうつむいている伊織の香水などではない、自然に漂う清潔な香りを楽しんでいました。やがて郷愁を禁じえない天使の家の門前にとまり、彼女は短く別れの挨拶を述べて軽く頭をさげてから、車をおりていきました。発進すると、突然旦那さまが笑い出します。

 そして――いやあ、あの子、あんなに緊張して、お前のことばかり気にしていた。私に気がある感じだったのに、お前に盗られちゃったな。と、冗談めかして言いました。私は――急に息子なんて紹介されて、人見知りしていただけですよ。と返事をしましたが、自分を救ってくれるかも知れない方からなんの知らせもなく美男子の息子を紹介されて、戸惑いつつもまあドラマチックには感じていただろうなと思いました。

 旦那さまはふいに真顔になって――あの子、かわいそうな子なんだよ。と、突然伊織の不憫な身の上話を語りはじめます。

 要約すると……彼女の両親は、駆け落ちの仲だったそうです。幸せに暮らしていたようですが、不幸にも母親は病に倒れ、そのまま亡くなってしまいました。しばらくは男手一つでまじめに、気丈に父親は伊織を育てていましたが……やはり、見せないようにしていただけで、心は非常に病んでいたのです。

 奥さまを愛していたのでしょうね。推測ですが成長して母親に似ていく伊織を見て、とうとう我慢の限界に達したのでしょう。ある日まだ中学生だった彼女を強姦してしまいます。自失している伊織を残して、父親は罪の意識からか自殺しました。

 両親の結婚は猛烈に反対されていたのか、親戚はすべて伊織を受け入れず、こうして彼女は十四のころに天使の家へ来たということでした。彼女は、肉体的には生娘ではなかったのです。……親に犯されるというのはどういうことか、家庭が崩壊するというのはどういうことか、禁忌にも家庭にも疎い薄情な私でも伊織に憐憫を催す、そんな話でした。

 しかし、旦那さまはそんな薄幸の少女をリンボの奴隷にするつもりなのだと思うと、今更ながら恐ろしくなりました。黙っている私に、旦那さまがまったく予想外だった意図を告白します。――あの子をお前の妹として迎えようと思う、と。

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