このときは旦那さまがなにをお考えなのかわからず、ただ驚きました。いっさい退廃的なにおいなどしない清純な雰囲気の、性交にはトラウマがあるであろう哀れな彼女があの楽園に馴染めるわけがない。リンボなら馴染む、馴染めないは関係ありませんが……。

 しかし、とうに精神腐り果てている私は、うまくいけばかわいらしい少女を物にすることができるのかも知れないと獣欲がわき、憐憫はときめきに変わりました。旦那さまに――伊織ちゃんを迎える手伝い、してくれるね? と、聞かれて二つ返事で引き受けます。

 あとで旦那さまからプレゼントにアクセサリーをいただきましたが、ふと真のプレゼントは彼女なのかも知れないと気がつき、彼女に別の使いを遣り先に料亭で待たせ、わざわざサプライズ的な出会いを演出したのはこのためかと納得しました。……それからスケジュールが合えば旦那さまとご一緒して、伊織に会いました。

 顔を合わせる回数を重ねれば、伊織は少しずつ私に馴れてきたようで、口数を増やしてくれます。趣味とか、学校とかたわいない話……趣味は健全に読書と答え、学校は旦那さまと口裏を合わせて適当な学校名を挙げました……をしました。読んだ本について聞かれると困ってしまい、あやふやにしてしまいましたが。余暇を過ごすのに役立てる、旦那さまから借りた本の内容に健全なものなんてありませんから。学校についてもあれこれ質問されるたび、旦那さまに助けていただく始末でした。

 それでも伊織は時折、花笑みを見せてくれるまでになりました。そんな表情を見るたび癒され、もう忘れてしまった外界に住んでいる娘に私は獣欲とはまた違う甘ずっぱい気持ちを少しずつ覚えはじめました。エデンでは得られなかった感情です。……まだこの段階だと、彼女に恋をしつつあるとはっきり自覚はしていませんでしたが。

 仕事の合間にふと、彼女に思いを馳せ、彼女の健気さに気がつきました。心を患ってもおかしくはない悲劇に遭い、すべてを失いながらも、旦那さまと交流しているということは彼女は前向きに自分を立て直そうとしているのです。天使の家のとくに生い立ち不幸な児童は、完全に自暴自棄になっている子もいた記憶があります。か弱い少女の懸命さを思い、愛しくなりました。それと同時に、そんな彼女を私は騙くらかしているのだと、ひどい罪悪感にも襲われました。

 しかし、甘ずっぱい気持ちを生じさせつつも、罪悪感に苦しめられつつも、獣欲は薄まりません。薄まるどころか、強まってさえいました。物思いをおえて、訪れたお客さまに抱かれるとき、私はつい伊織が父親に犯されているところを想像して、久しぶりに体を熱くしてしまいました。お客さまに今日はなんだか激しいね、と笑われます。なんとも複雑な気分になりました。

 そんな複雑な気分のまま、伊織に会いつづけます。口数の増えた彼女ですが、天使の家の話題になるとよく苦笑を浮かべて言葉を濁していました。あとで旦那さまが――彼女、家の居心地、あまりよくなさそうだよ。と、家の職員たちから聞いたのであろう事柄を話してくれます。

 児童の意地悪な女の子たちに、嫌がらせを受けている様子なのだそうです。理由は恐らく、女の子たちのグループのリーダー格が付き合っていたらしい児童の男の子が、伊織に言い寄っているから。……強引かつ嫌らしい言い寄り方で、伊織は大変迷惑しているようですが。ほかにも素行の悪い男子児童たちに嫌らしい目で見られているようで、職員たちがよく気をつけなければ間違いが起こってしまいそうだと。

 そのリーダー格の女の子は伊織より美人らしいのですが、異性から好意を持たれやすいかどうかに、案外容姿なんてそこまで関係ないものです。……いえ、伊織の場合は好意というより獣欲ですね。とにかく、幼稚ないじめっ子たちはそれがおもしろくないわけです。

 伊織は仲のよい校友がいるようですが、学校はいじめっ子たちも同じところに通っているようで、もしかしたら彼女は校舎内でも嫌な思いをしているのかも知れません。都合がよい、細工などしなくても伊織はかんたんに手に入りそうだと旦那さまが言うのを聞いて、私は彼女を助けてあげようかと一瞬だけヒロイックな感情に惑わされました。

 現状がつらいかも知れないけれど、エデンに来たらもっとつらいことになると彼女に打ち明けようか。いやそんな恐ろしいことはできないと、すぐに正気に戻りましたが。……悶々としながらも、物事は進行していきます。

 おかたい会食ばかりではなく気楽に遊んで、もっと親睦を深めようという旦那さまの提案があり、夏もおわりかけのある日にそれは実行されました。カジュアルに、私は長袖のTシャツにジーンズ、旦那さまはポロシャツを着て、アクセサリーにサングラスをかけた姿で地元のややマイナーな観光地へ行きます。伊織は白地に薄い青色の小花が咲いたロングワンピースに、いつも着ている長袖のボレロという服装でした。

 はたから見たら、祖父と孫二人が睦まじくお出かけしている微笑ましい光景に映るのでしょうか。青天の下、どことなく昭和を感じさせるような宿や民家、玄関前でひなたに寝そべりあくびしている柴犬などのそばを通り、港に出ます。昼食に、こぢんまりとしたアットホームな雰囲気の食事処で、風鈴の音を聞きながら海鮮丼を食べました。

 それから海岸沿いを歩き、途中落ちていたヒトデを拾ってふざけたりしつつ、公園に向かいます。気温は高いのですが、潮風が涼しくて気持ちのよいなか童心に返り、遊んではしゃぎました。伊織も笑っていました。おやつに名産の野菜を使った変わり種のソフトクリームを舐めてから、公園内にある土産物屋に寄ります。

 店内には種々様々な貝殻のオブジェが並んでいて、旦那さまの買い物は時間がかかりそうでした。本当に夢中になってしまったのか、それともわざとなのかは知りませんが――二人で足湯でもしてきなさい、という旦那さまの言葉に私たちは素直に従います。この地は海産、農産以外に温泉も有名でした。

 足湯場は公園内の小高い丘をのぼったところにありました。ローヒールのミュールを脱ぎ、ワンピースの裾を控え目にまくった伊織の細い爪先からすべすべしていそうな脛を盗み見しながら、少し熱めの湯に足を浸からせます。私の脛が男のものにしては綺麗すぎるのを変に思われたくなくて、ジーンズの裾をまくるのを濡れるか濡れないかのぎりぎりの程度にしておきました。

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