それから遠からず、私と伊織は旦那さまに呼ばれ――お前たち、子供を作って兄妹から夫婦になる気はないかい? と、持ちかけられました。普通、繁殖はリンボの奴隷がすることですが、私たちで楽園の新しい奴隷を作ったらおもしろそうだとお考えになったのでしょう。旦那さまが話している最中、伊織はずっと黙ってうつむいていました。旦那さまの部屋を出ると、伊織は私を自室へ引っ張り、カメラを気にせず……まあ、もう恐らく見られても聞かれてもいないでしょう……金切り声で叫びます。――もう耐えられない! 一刻も早くここを出なきゃ! と。

 曖昧に応じていると、彼女は声をさらに荒げて――前から思ってたけど、なんかはぐらかしてない? 本当にエデンから逃げる気あるの!? と、私の肩を掴み、詰め寄ってきます。彼女の爪が食い込んできました。……ああ、女性の甲高い声ってどうしてこんなに癪に障るのでしょう?

 気がついたら彼女の手を乱暴に払い除け、衝動的に言い放っていました。嘘は彼女を支え、救うために吐いていたことを忘れて――ないよ。最初からない、と。強めに払ってしまった手を押さえ、彼女はなにを言われているのかわからないといった様子でした。私はもう、とめることができず――そんなに出ていきたかったら、一人で出てってくれ。と、追い撃ちをかけてしまいました。

 てっきり激昂するかと思ったら、彼女は目を見開き、ただ呆然としています。放っておいて、部屋を出ました。おわったなと思いました。もう仕事以外で互いの部屋を行き来したり、愛し合ったりすることはないでしょう。仮面夫婦になります。気まずくなりますが、まあいいかと思いました。今後、恋という魂の一時の狂気に陥ることなく、涸れていくだけです。希望を失った彼女がどんな行動に出るか、このときはなんだか面倒で深くは考えませんでした。

 その日、夜更けに事件は起きました。不在の旦那さまの部屋に伊織が忍び込み、窓を椅子で破って脱走を図ったのです。無謀にもほどがあります。勇気ある行動ではなく、ただの錯乱した行動です。もちろん捕まり、飛びおりて脚を負傷していましたが、関係なくすぐに伊織のリンボ行きは決定されました。本当、愚かです。彼女も私も、最初から。……しかし、私はこうなることを心のどこかで望んでいたのかも知れません。では、この辺で。次で催しは最後です。引退式とあわせてリンボで行います。そういう趣味がおありの方はお越しください」

 立ちあがり、舞台をおりて原稿と身を客に捧げ、入浴してから、使用人に声をかけられる。旦那さまが呼んでいるとのことだった。裸身にガウンをまとった姿で旦那さまの部屋に向かい、ドアを開けると旦那さまはベッドに裸で半身を起こして寝ながら、テレビを眺めていた。薄暗いなか、凛々しい横顔がテレビの光に照らされている。

「お疲れさま。おいで」

 俺に気づいた旦那さまが手招きする。ベッドに乗り、擦り寄ると優しく髪を撫でられた。

「ペテン師だの諸悪の根源だの、好き放題に言ってくれるな」
「……冗談ですよ」

 見合わせて、笑いあう。テレビ画面には、椅子に座って時折原稿に視線を落としつつ語っている俺が映っていた。それからおしゃべりに興じる。先刻まで観客たちの前で語っていた内容の話題になると、旦那さまは悲しげに「京子ちゃんはなあ、私より先に逝ってしまうとは思わなかったよ」と言った。そして、

「いよいよだな。私が死んだら、お前にエデンを継がせてもいいかと思っていたが……まあいい。死後など、自分自身で楽しめないものに興味はない」

 俺の引退の話になった。そっと、唐突に口づけをされる。瞬間香る、渋いにおいのするオーデコロン。

「引退してしまう前に、お前を思いっきり抱きたい。……お前はずっと私の大切な息子だよ」

 皺の目立つ器用な手と、矍鑠とした体を、旦那さまは俺に最大限の快楽を与えるように使ってくれた。あまりの心地よさに鳴きながら、引退式のことに思いを馳せ、色々なものが込み上げてきて、涙が流れた。



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